先の衆院選挙で国民民主党が公約として掲げた、いわゆる「103万円の壁」の見直しに注目が集まっています。マスコミが毎日のように取り上げているように、「103万円の壁」の見直しにはじまり「年収の壁」そのものへの議論が世間の関心事になっているのです。
以前にも幾度と議論されたきたのですが、結局は先送りにされ現在に至っているこの「年収の壁」、与党が過半数を割ったことで野党の提案を無視できず、一気に世間の注目が集まったようです。
実は、以前(2023年11月)にもブログでこの問題をとりあげたのですが、世間の大きな話題になっていることもあり、今日的視点に立って再度この「年収の壁」の問題点について触れてみたいと思います。
・「103万円の壁」の問題点
まず、基礎的な意味合いを確認しておきますが、「103万円の壁」とは税金が発生する境目となる年収額のことです。
周知のように、会社員やパート・アルバイトなどの給与収入がある人は所得税がかかるのですが、その場合、所得税の計算において基礎控除と給与所得控除が適用されます。現行制度では基礎控除が48万円、給与所得控除は55万円で、合わせて103万円までは所得税がかからないのです。
この仕組みによって、所得税の負担を回避するため年収を103万円以下に抑えて働くケースがあるため、これを「年収103万円の壁」と呼ばれているのです。
年収103万円は、配偶者や親など「養っている側」の人からみると、配偶者控除・扶養控除の上限となる金額であり、この上限を超えると配偶者控除・扶養控除が適用されなくなるため税金がかかる所得が増え、その分税金が増えることになります。ただ、パートやアルバイトで働く扶養されている主婦の場合、2018年から年収が103万円を超えても150万円までは「配偶者特別控除」が満額で受けられるように制度が変更され、夫の所得税も増えないということです。
給与収入がある本人にとっては、稼いだ最初の48万円は「基礎控除」となり、給与収入であれば最初の55万円が「給与所得控除」として課税されないため、この二つを合算した103万円までが所得税がかからない収入になるのです。なので103万円を超えると本人の所得税が発生することになります。
現在の税率からすると、103万円を超えた分、つまり課税される所得が1,000円から194万9000円の間では5%の所得税がかかります。
例えば、年収が104万円の場合、1万円分が課税対象になるため、所得税率5%の所得税、つまり1万円の5%で500円の所得税がかかることになります。年収が113万円であれば、10万円分が課税対象になるので10万円の5%で5,000円の所得税になります。
衆院選挙で議席を4倍に増やした国民民主党は、所得税の課税最低限を年103万円から178万円に引き上げるよう求めているのですが、実現すれば年収200万円の場合、8万6000円が減税となり手取りが増えるということです。
ただ、問題はこの「103万円の壁」のすぐあとに別の「壁」が控えているのです。
・より大きい「106万円の壁」と「130万円の壁」
上述したように、「103万円の壁」は税金からみた場合ですが、社会保険料からみた場合、さらに別の壁があるのですが、これが「106万円の壁」と「130万円の壁」です。
これは、扶養者が勤めている会社の従業員数によって、51人以上が106万円、50人以下の場合は130万円以上で社会保険料の支払いが必要になってくるのです。言い換えれば、パートやアルバイトで働く主婦の場合、年収が106万円か、もしくは130万円を超えると、社会保険への加入義務を負うことになり、社会保険料の負担が発生するということです。
要するに、扶養者(夫)の社会保険の扶養でいられなくなり、自分で国民健康保険料や国民年金保険料などを支払う必要が生じ、その結果、世帯収入が大幅に減ることになり、手取り収入が大幅に減るという問題が起きてしまうのです。
例えば、パート収入が「106万円の壁」を超え107万円になると、現行の社会保険制度では1ヶ月当たりの保険料の負担額は約1万2500円、年間で約15万5000円程の社会保険料がかかるようになります。
こうみると、「103万円の壁」においては、103万円から1万円増えても所得税は500円しかかからないのですが、「106万円の壁」は1万円の超過で、いきなり15万円強の手取り額の減少が生じるのです。
まさに崖から落ちるように手取りが減ってしまうのです。
そういう意味では、社会保険の壁は壁を超えたとたんに約15%の社会保険料の負担がかかり、手取り収入に与える影響は大変大きいのですが、それに比べると税金の壁は手取りに与える影響がそう大きいものではないと言えるでしょう。
・包括的な議論を要する「年収の壁」
労働者の手取りを増やす目的から「103万円の壁」の見直しが取り上げられていますが、上でみたように「106万円の壁」や「130万円の壁」との兼ね合いで考えると、「103万円の壁」の見直しによる本人の手取り収入の増加と所得税の軽減効果を相殺してしまうか、むしろ手取り収入が減ってしまうケースも多いことが想定されます。つまり、103万円の壁のっ引き上げによって税負担が減っても、扶養に入っていた人が社会保険に加入することになれば、その分の手取り額は減ってしまうということです。
勿論、社会保険に加入することによって、将来の老齢年金や遺族年金のほか、傷病手当金や出産手当金などが手厚くなるというメリットはありますが、しかし収入を増やすためにパート・アルバイトをしている人にとって、働いても負担が増してしまうダメージは小さくないはずです。
また、税制上の103万円の基準を引き上げることによって、いわゆる「働き控え」が解消されるという見方もあるようですが、そのすぐ先に「106万円の壁」や「130万円の壁」による社会保険のハードルが待っていることを考えると、税制だけの見直しだけで働き方が大きく変わるかというと、その効果もあまり期待できそうもないでしょう。
配偶者が会社勤めの場合、年収106万円や130万円に達すると社会保険料が発生して手取りが急減するとなると、これらの「壁」を意識して働く時間を抑制する人は決して少なくないはずで、「103万円の壁」だけを撤廃しても、社会保険の壁を見直さなければ抜本的な「働き控え」の効果は限定的にならざるを得ないですよね。
先日、政府与党は「106万円の壁」については撤廃の意向をしめしたのですが、「週20時間以上」という壁はそのまま維持するとのことです。これは「働き控え」の解消という観点からすると全く効果はなく、ましては「最低賃金1500円」への目標が提唱されており、昨今の物価高のなか賃金の引き上げが緊要な課題とされている今日、労働時間の壁そのものを撤廃することは人手不足が深刻化するなか、必須な課題でもあるのです。
いずれにしても、労働者の手取り収入を増やすということもそうですが、人手不足の解消という観点からも、「103万円の壁」の見直しは「106万円の壁」や「130万円の壁」などの「年収の壁」そのものの包括的な議論が必要であると言えるのではないでしょうか。
加えて、女性の就業という観点からみると、そもそも「年収の壁」は「男性が働き女性は家事や子育てに専念することが望ましい」といった価値判断が横たわっていて、かつての高度成長の時代に設けられた制度であって、女性の社会進出が進み、共働き世帯がより多くを占めていることや、男女の格差問題がクロースアップされている現代社会において、女性の就業の足かせになる仕組みや制度は見直されるべきであるということも強調せざるをえません。
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